「パフォーマンスを上げたいです」
「フィジカルを鍛えたいです」
そう言われて、アドバイスをすることが、よくあります。
でも、中には、言ったことをやらない人がいます。
もっと言えば、言ったことを、勝手にアレンジしてやる人がいます。
これ、はっきり言います。
かなり卑怯だと、私は思っています。
例えるなら、カップ焼きそばを作るときに、お湯を捨てずにそのままソースを入れて、「これ、まずくない?」と言っているようなものです。
お湯、捨ててないですよね。
それで強くなろうというのは、無理な話
私たちは、プロです。
知識、経験、あらゆる引き出しの中から、その人にとって最適なものを、その都度組み立てて提供する。これは、当たり前の仕事です。
だからこそ、はっきり言いたい。
言うことを聞かない。言われたことをやらない。やったとしても、勝手にアレンジする。
それをするなら、そもそも、お願いしないでほしいのです。
自分のやり方でやりたいなら、自分で勉強して、自分で納得のいくものを、自分の全責任で組み立ててやればいい。それは、それで、ひとつの立派な生き方です。
でも、プロに頼んでおきながら、言われたことをねじ曲げてやる。それで結果が出なかったとき、多くの場合、その人は、自分のアレンジを疑いません。「トレーニングが合わなかった」「アドバイスが悪かった」と、外側のせいにします。
これで強くなれると思っているなら、正直、無理だと思います。
愚直にやる子ほど、勝手に伸びていく
一方で、こういう選手もいます。
言われたことを、そのまま、愚直にやる。
やった結果、「こうでした」と、頻繁にフィードバックをくれる。
こういう選手は、勝手に伸びていきます。
私の予想を超える伸びを見せることが、何度もありました。正直、驚きを隠せないことが、何度もあります。
同じ指導を受けて、これだけ差が出る。この差の正体は、いったい何なのでしょうか。
疑念があると、無意識にブレーキがかかる
コーチ、トレーナー、監督。指導者に対して、少しでも疑念がある選手は、やっぱり伸びません。
これは、単なる精神論ではありません。
心理学者ジャック・ブレームが1966年に提唱した「心理的リアクタンス理論」という考え方があります。人は、自分の自由な選択が、他人によって制限されたり、強制されたりすると感じたとき、無意識に反発したくなる、という理論です。
「この指導、本当に正しいのか」
「もっと自分に合ったやり方があるんじゃないか」
そんな疑念が心のどこかにある状態で指示を受けると、人は、指示された通りに動くことそのものに、無意識の抵抗を感じます。
表面上は、言われた通りにやっているように見えても、心のどこかでブレーキを踏んでいる。全力を出し切らない。本気で信じきれていないものに、人間は、100%を注ぐことができないのです。
結果が出なければ、それは「指導が正しくなかった証拠」になる。都合よく、自分を守れます。これは、ある種の無意識の反発であり、自己防衛でもあるのだと思います。
私は、指導者を持たなかった
ここで、少し自分の話をします。
私は、競技を続けていた期間、指導者を持ちませんでした。全部、自分で考えてトレーニングしていました。
当時は、ネットの情報があまり信頼できる時代でもなかったので、専門書を読み漁って勉強していました。他の競技の動きやトレーニングから、スケートに活かせるエッセンスはないかと、独自にメニューを組んだりもしていました。
一人でのトレーニングには、当然、限界があります。だから、サッカー部のインターバル走に混ぜてもらって、心肺機能や持久力を鍛えたり、野球部のベース間ダッシュに混ぜてもらって、瞬発力や敏捷性を鍛えたり。すべて自分で考え、自分で交渉し、自分で責任を負っていました。
伸び悩む時間もありましたが、かなり充実した時間でもありました。
面白い現象もありました。全国大会や合宿で、多少なりとも結果を出すと、急に話しかけてくる、他チームの指導者が増えるのです。
なぜか、イキりたい願望が強めの人ほど、近寄ってきます。
正直に言うと、「何なん、急に話しかけてきて。俺のこと知らんやん」と思いながら、聞いているふりMAXで、右から左に受け流していました。尊敬に値しない人から言われたことは、ガン無視です。
一方で、「この人は、本物かもしれない」と感じた指導者から言われたことは、その場でメモをして、すぐに試していました。
不思議なもので、その線引きに、明確な理由なんてなかったと思います。普段の言葉遣い。ちょっとした立ち振る舞い。目つき、姿勢、間の取り方。言葉を深く交わしたことがなくても、なんとなく、伝わってくるものがあったのだと思います。
今、こうして文章に書き起こしていて、あらためて思います。人は、言葉より先に、「あり方」で判断されているのだと。だから私自身も、自分の「あり方」を、もう一度、見直さなければいけないと思いました。
ただ、ひとつだけ、はっきり言えることがあります。
当時の私は高校生で、プロではありません。ただのアマチュアが調べて理解できる程度の解像度でしか、身体を扱えていませんでした。だから、結果も鈍かった。国内の上位レベルまでは行けましたが、世界には届きませんでした。
その後も、専門家やプロに頼ることなく、競技人生を終えました。プロに依頼するための資金や、県外に飛び出す覚悟が、当時の私にはなかったのかもしれません。
これは、何を意味するでしょうか。
私は、この記事で「プロに頼れ」と言っているわけではありません。「一人でやり切った経験にも、価値がある」というのは、私自身が証明できます。
問題は、一人でやるにしても、プロに頼るにしても、中途半端が、一番良くないということです。
一人でやるなら、全責任を負って、とことん本気でやる。プロに頼るなら、その専門性を、とことん信じ切る。
私は前者を選びました。全力でやり切った自負はあります。ただ、同時に、アマチュアの解像度には限界があったことも、正直に認めます。もし、あのとき専門家を信じて頼れる環境や覚悟があったなら、また違う景色が見えていたかもしれません。
どちらの道を選ぶかは、自由です。ただ、どちらも選ばず、真ん中で中途半端に頼り、中途半端に自分を混ぜる。これだけは、絶対に避けたほうがいい選択だと、身をもって思っています。
信頼は、感情論ではなく、パフォーマンスの変数

スポーツ心理学者ソフィア・ジョウェットは、2007年に、コーチと選手の関係性を評価する「3+1Cモデル」という枠組みを提唱しました。
親密さ(信頼や尊重の度合い)、コミットメント、補完性、そして相互理解。この4つの質が、コーチと選手の関係性を決める、というモデルです。
そして、複数の研究で、この関係性の質が高い選手ほど、主観的なパフォーマンスの評価が高くなることが示されています。
つまり、指導者への信頼は、単なる感情の問題ではありません。パフォーマンスに直接影響する、れっきとした変数のひとつなのです。
疑いながら受けた指導と、信じ切って受けた指導。同じ内容であっても、身体に染み込む深さが、まったく違います。
これは、ビジネスでも同じ
この構造は、スポーツの世界だけの話ではありません。社会に出れば、まったく同じことが、上司と部下の間でも起きています。
組織心理学には、「LMX理論(リーダー・メンバー交換理論)」という考え方があります。経営学者のグレアンとウーリエンらが提唱した理論で、上司と部下の関係を、全員一律のものとしてではなく、一対一の個別の信頼関係として捉えるものです。
この理論では、上司と部下の間に強い信頼関係がある「イングループ」と、業務上必要な最低限の関係しかない「アウトグループ」に分かれるとされています。イングループに入った部下は、より多くの情報や支援を受け取り、結果としてエンゲージメントやパフォーマンスも高くなる傾向があることが、多くの研究で示されています。
上司の指示を、半分疑いながらこなす部下。
上司の指示を、いちいち自己流にアレンジしてから提出する部下。
これは、まさにコーチを信じきれない選手と、同じ構造です。表面上は仕事をしているように見えても、本気の熱量は、そこには乗っていません。
もちろん、上司が信頼に値するかどうかを見極める目は、部下側にも必要です。理不尽な指示に、盲目的に従えという話ではありません。
ただ、一度「この人についていく」と決めたなら、そこから先は、半端に自分の色を混ぜないこと。信じると決めたなら、とことん信じてみる。それができる人だけが、上司の持っている経験や人脈、判断力を、まるごと自分の血肉にできるのだと思います。
素直さは、弱さではない
素直に指示に従うことを、「自分がない」とか「言いなり」だと感じる人がいます。
私は、まったく逆だと思っています。
信頼できる相手を選び、その相手に、自分の身体を預ける覚悟を決める。これは、弱さではなく、強さです。中途半端に自分の色を混ぜて、結果が出なかったときの言い訳を用意しておくことのほうが、よほど臆病な選択だと、私は思っています。
もし、指導者に疑念があるなら、答えは2つに1つです。
信頼できる指導者を、探し直す。
もしくは、いま目の前にいる指導者を、とことん信じて、愚直にやり切ってみる。
中途半端に頼って、中途半端にアレンジして、中途半端に結果を出せないまま終わる。これが、一番もったいない選択です。
参考文献・データ出典
- Brehm, J. W. (1966). A Theory of Psychological Reactance. Academic Press.
- Rosenberg, B. D., & Siegel, J. T. (2018). A 50-year review of psychological reactance theory: Do not read this article. Motivation Science, 4(4), 281–300.
- Jowett, S. (2007). Interdependence analysis and the 3+1Cs in the coach-athlete relationship. In S. Jowett & D. Lavallee (Eds.), Social Psychology in Sport (pp. 15–27). Human Kinetics.
- Rhind, D. J. A., & Jowett, S. (2010). Relationship maintenance strategies in the coach-athlete relationship: The development of the COMPASS model. Journal of Applied Sport Psychology, 22(1), 106–121.
- Graen, G. B., & Uhl-Bien, M. (1995). Relationship-based approach to leadership: Development of leader-member exchange (LMX) theory of leadership over 25 years: Applying a multi-level multi-domain perspective. The Leadership Quarterly, 6(2), 219–247.