なぜ「勝てる」と思った瞬間、守りに入ってしまうのか。国体決勝で2度、優勝を逃した男が解剖する「あるある」の正体。

先日、私が指導している社会人テニス選手が、試合後のフィードバックをくれました。

「この試合、絶対勝てると思ってリードしていたのに、そう思った瞬間、急に守りに入っちゃって。結局そこから逆転負けしてしまいました」

今日は、この現象を、じっくり解剖してみたいと思います。


私は、この現象で、2回やらかした

エラそうなことを言う前に、自分の話をします。

私は過去2回、国体の決勝に出場して、優勝目前で勝利を逃しています。

1回目は、高校3年生のとき。4人で行われた1000mの決勝。最終ラップに差し掛かるまで、私は2番手につけていました。

そのとき、こう思ったのです。

「自分も足に余力がある。これであと一人かわして、俺も国体初優勝か。ちょろいぜ」

その瞬間、それまで800%あった足の余力が、急に12%まで落ちました。

コーナーの遠心力に耐えられなくなり、転倒。結果は、4位でした。

2回目は、大学4年生のとき。決勝を1位で滑っていて、残り2周。

「このままいけば、勝てる」

確信した瞬間、ゴール手前で、自分がわずかに失速しているのがわかりました。

結果、ゴールでコンマ0.03秒差。後ろの選手に差されて、負けました。

失速だったのか、油断だったのか。今でも、悔やんでいるレースです。


共通点は、「心が先に動き、身体が後からついてくる」

この2つのレース、共通点があります。

心理的な反応が先にあり、身体がそれに反応している、ということです。

そして、その心理的反応に対して、とっさに対応できなかったことが、敗因です。

これは、テニスでも、バレーボールでもまったく同じです。

バレーボールでいうと21対14。もう勝てるだろうと思った瞬間、急に相手が追い上げてきて、気づけば24対24。デュースで競り負け、ちゃんちゃん。

こんな現象、スポーツをやっている人なら、一度は経験があるはずです。


正体は、「損失回避」という人間の欠陥

なぜ、こんなことが起きるのか。

行動経済学に、「プロスペクト理論」という有名な理論があります。心理学者ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーが1979年に発表し、後にノーベル経済学賞を受賞した理論です。

この理論のポイントは、人間は、利益を得る局面ではリスクを避けたがり、損失を被る局面では逆にリスクを取りたがる、というものです。

言い換えると、人はまだ何も持っていないときには、大胆に攻められます。でも、一度何かを手にした瞬間、それを失うことが怖くなり、急に守りに入るのです。

これ、断言します。

「勝てると思った瞬間に守りに入る」のは、性格の弱さでも、メンタルの欠陥でもありません。人間なら、誰にでも起きる、脳のクセです。

高校3年生のあの日、私は「勝つ」という未来を、まだ手にしていない段階では、攻め続けていました。でも、「あと一人抜けば優勝だ」と、頭の中で勝利を先取りしてしまった瞬間、私の中の参照点は、「攻めて勝ちに行く自分」から、「今のリードを失いたくない自分」に、すり替わっていたのです。


なぜ、身体まで動かなくなるのか

理論はわかった。でも、なぜ「思っただけ」で、実際に足の力まで抜けるのか。

ここに、もうひとつの科学があります。

心理学者シアン・ベイロックらが提唱した「明示的モニタリング理論」です。

熟練した動作というのは、本来、頭で考えなくても、身体が勝手にやってくれるものです。いちいち「今、右足をこう出して」と考えながら走る選手は、いません。

ところが、プレッシャーがかかると、人は急に、自分の動作を意識的に監視し始めます。「今の滑り方、大丈夫か」「このフォーム、崩れていないか」。

この「意識してしまう」という行為そのものが、自動化されていたはずの動きを、内側から破壊します。ベイロックの研究では、プレッシャー下で自分の動作に意識を向けすぎたグループほど、パフォーマンスが顕著に落ちることが示されています。

「勝てる」と思った瞬間、私の頭の中には、余計な監視カメラが起動していたのだと思います。あの日、あと一人かわすことだけに集中していれば良かったのに、「優勝している自分」を、勝手に監視し始めてしまった。


心の問題を、心で解決しようとするな

ここで、多くの人が間違えます。

「メンタルが弱いからだ。もっと強い心を持とう」

これ、はっきり言って、無理です。

心理的な反応は、一瞬で起きます。しかも、無意識に近いレベルで起きます。それを、その場で「心を強く持とう」と念じて制御するなんて、土台、無理な話です。

心の問題は、心では解決できません。行動のレベルで、あらかじめ対処しておくしかないのです。

ここで有効なのが、「if-thenプランニング」、いわゆる実行意図です。心理学者ピーター・ゴルヴィツァーが提唱した手法で、以前の記事でも紹介しましたが、「もしXという状況になったら、Yをする」と、あらかじめ具体的に決めておくことで、実際にその状況が来たときの行動が、自動的に引き出されやすくなることが、多くの研究で示されています。

たとえば、こうです。

「もし、相手にヤバいと脅威を感じたら、1歩前で構える」

「もし、勝ちを意識し始めたら、3cm腰を落として、初心のフォームを作り直す」

ポイントは、「意識する」という言葉を、トリガーの中に一切使わないことです。

よく、「冷静さを意識する」「平常心を意識する」といったトリガーの仕込み方を耳にします。正直、これはあまり効果がないと思っています。

考えてみてください。これまでだって、あなたは「意識」してきたはずです。「冷静になれ」と、自分に何度も言い聞かせてきたはずです。それでも、できなかった。意識した結果、できなかったのなら、また「意識しよう」と念じたところで、何も変わりません。

これこそが、まさに、心の問題を心の意識だけで解決しようとする、典型的な失敗パターンです。

だから、トリガーの先には、必ず「身体の具体的な動き」を置く必要があります。腰を落とす。1歩前に出る。手の位置を変える。「意識する」ではなく、「筋肉を動かす」レベルまで、指示を落とし込む。

心が勝手に守りに入ろうとしても、身体が先に、決めておいた動きを取ってしまう。これが、唯一の現実的な対処法だと、私は思っています。


あの日の自分に、教えてあげたいこと

高校3年生の私に、もし今、アドバイスできるなら、こう言います。

「ええか。勝てると思った瞬間に、腰を3cm低くフォームを作り直せ。そして、相手のスキを伺え。」

心を鍛えろとは、言いません。心は、鍛える前に、裏切ります。

大事なのは、裏切られる前提で、身体の行動を仕込んでおくことです。

あなたが次に、リードした試合の終盤で、心の中に「これ、勝てるな」という声が聞こえたら。

それは、危険信号です。

その瞬間、何も考えずにできる、決められた行動を、ひとつ持っておいてください。


最後に、正直に書いておきます

私の競技人生は、「優勝」という言葉と、あまり縁がありませんでした。

一番多かった順位は、2位です。

常に、自分より上に、誰かがいる。そういう競技人生でした。

悔しさは、もちろんありました。でも、今振り返ると、それで良かったのだとも思います。

常に追いかける立場にいたからこそ、驕ることなく、ずっと上を目指し続けられたのだと思うからです。

守るべきものが、そもそもなかった。だから、攻め続けるしかなかったのです。

皮肉なのは、あの2回の国体決勝だけは、珍しく「自分が上に立てるかもしれない」という感覚を味わった、数少ない瞬間だったということです。

普段、味わい慣れていない感覚だったからこそ、うまく扱えなかったのかもしれません。私は、単純に、守り方を知らなかったのです。

いつも2位だった人間には、「守る」という経験値そのものが、圧倒的に足りていなかった。攻め方は、嫌というほど練習してきました。でも、守り方は、練習したことすらなかったのです。

だとすれば、答えは、もうひとつ見えてきます。

守り方もまた、練習して、初めて身につくものなのかもしれません。

次に、勝てそうな瞬間が来たとき。それは、練習のしどころです。


参考文献・データ出典

  • Kahneman, D., & Tversky, A. (1979). Prospect theory: An analysis of decision under risk. Econometrica, 47(2), 263–291.
  • Beilock, S. L., & Carr, T. H. (2001). On the fragility of skilled performance: What governs choking under pressure? Journal of Experimental Psychology: General, 130(4), 701–725.
  • DeCaro, M. S., Thomas, R. D., Albert, N. B., & Beilock, S. L. (2011). Choking under pressure: Multiple routes to skill failure. Journal of Experimental Psychology: General, 140(3), 390–406.
  • Gollwitzer, P. M. (1999). Implementation intentions: Strong effects of simple plans. American Psychologist, 54(7), 493–503.

この記事を書いた人

北原 良祐