自分の可能性を広げる方法。トップアスリートがやっている習慣と、やらなかった人の末路。

もっと上達したい。もっとこうなりたい。

そう思って、日々の練習に取り組んでいることと思います。

でも、心のどこかで、こう決めつけていませんか。

「自分の可能性は、これくらいだ」

自分で限界を作ってしまえば、それ以上の成長はありません。

可能性が広がれば、競技はもっと楽しくなります。夢や目標にも、ぐっと近づきます。

今日は、なりたい自分に近づくための、可能性の広げ方の話です。

私がこれまで出会ってきたトップアスリートは、オリンピック選手も含めて、ほぼ全員がこれを実行していました。


可能性を広げるものの正体は、「素直さ」

結論から言います。

素直であること。

これだけです。

素直な人は、知識やスキルの吸収が、明らかに早い。理由は単純です。言われたことを、とりあえずやってみるからです。

競技生活が長くなるほど、人は変わっていきます。信頼している人や、尊敬している人の言葉しか、頭に入らなくなっていくのです。

「こんな練習をしてみたら」と言われて、「とりあえずやってみよう」と、その場で動ける人。

実は、これがものすごく少ない。

人間は、やる前に、先入観でものごとを判断してしまう生き物です。心理学では「確証バイアス」と呼ばれる、よく知られた性質です。人は、自分がすでに持っている考えを裏付ける情報ばかりを、無意識に集めてしまいます。

やる前から、やらない言い訳を探す。できない理由を、先に並べる。

その瞬間、せっかくの可能性やチャンスは、全部つぶれます。

まずは、やってみる。この素直さが、すべての土台です。

断言します。

素直じゃない選手が、テッペンまで登っていくのを、私は一度も見たことがありません。

もちろん、尖った選手はいます。提案したその場では、「は?」みたいな顔をして、絶対にやらない選手も、正直たくさんいます。

でも、面白いのはここからです。そういう選手に限って、後でこっそりやっています。誰も見ていないところで、ひとりで素直に試している。プライドが邪魔をして、その場ではできなかっただけなんです。

私が現場で見てきた傾向を、ひとつだけ言わせてください。

考え込む選手は、だいたい微妙です。

「これ、本当に意味あるんですか」「なぜこの練習をやるんですか」。理屈から入って、納得してからでないと動けない選手。悪いとは言いません。でも、正直、伸びは鈍いです。

逆に、潔さがある選手は、伸びます。理屈より先に、身体が動く。とりあえずやってから、あとで考える。

考える前に動ける人間と、動く前に考えてしまう人間。この差は、想像以上に大きいと、私は思っています。


「とりあえずやってみよう」が、夢や目標に近づく理由

とりあえずやってみて、合わないと感じたら、やめればいいだけです。

スポーツの世界に、正解はありません。技術は日々進化していますし、自分に合うやり方は、人それぞれ違います。

しかし、やってみないことには、何も始まりません。

「とりあえずやってみよう」

この一言を頭に入れておくだけで、可能性は無限に広がります。


「そんな時間はない」という反論について

ここまで読んで、こう思った人もいるかもしれません。

「とりあえずやってみる時間なんて、競技生活には残されていない」

「そんな賭けをしている暇はない」

「誰の言うことを聞くかは、自分で決める」

もっともな反論だと思います。だからこそ、正面から答えておきたい。

まず、「誰の言うことを聞くか、自分で決める」という点。これは、まったくその通りです。誰の意見でも、無条件に受け入れろと言っているわけではありません。

信頼できる指導者や専門家を、自分の目で選ぶこと。これ自体は、素直さと矛盾しません。むしろ、その見極めも、素直さの一部です。

問題は、その先です。「この人の言うことは聞く」と、自分で決めた相手からの提案を、実際に試す前に、頭の中だけで却下していないか。ここが、分かれ道になります。

次に、「時間がない」という反論について。

これは、半分正しくて、半分間違っています。

とりあえずやってみるというのは、キャリアの全部を、確認もせずに賭けろという意味ではありません。フォームの提案なら1〜2週間。トレーニングメニューの変更なら、1サイクル。期間を区切って、データを見ながら試す。それだけの話です。コストは、思っているほど大きくありません。

そして、忘れてはいけないことがあります。「今のやり方を変えない」という選択も、実は賭けだということです。ただ、その賭けは、目に見えないだけです。

今のフォームのままで、本当に伸びしろの天井まで到達できるのか。誰も、保証してくれません。試さないという選択は、「今のやり方がすでに最適である」という、根拠のない賭けに、暗黙のうちに乗っているのと同じことなのです。

Amazonの創業者ジェフ・ベゾスは、大きな決断をするとき、「後悔最小化のフレームワーク」という考え方を使っていたことで知られています。80歳になった自分を想像して、やらなかったことを後悔するか、やって失敗したことを後悔するか。そう自問して、判断するというものです。

多くの場合、人は「やらなかったこと」のほうを、長く後悔します。

競技人生は、確かに有限です。だからこそ、限られた時間の中で試すべきものを、信頼できる人からの提案に絞り込む。それが、現実的な答えなのだと思います。

とりあえずやってみることと、無闇に時間を溶かすことは、まったく別の話です。


不可能だったことが、可能になる

スキルや技術というのは、常に進化し続けます。

かつて、人類が100mを10秒以下で走ることは、不可能だと言われていました。

以前の記事でも触れましたが、2017年、桐生祥秀選手が9秒98を記録し、日本人史上初めて9秒台に突入しました。その後、複数の日本人選手が、次々とその壁を突破しています。

(この「壁を破ると、後に続く人が現れる」というメカニズムについては、『自信はどうやったら手に入るのか。心理学が解き明かす、「自信をつける方法」』という記事でも詳しく取り上げています)

「無理だ」という思い込みが崩れた瞬間、可能性は一気に広がったのです。


「邪道」だったフォームが、正解になる日

正しいフォームというのも、常に更新され続けます。

1968年のメキシコシティオリンピック、男子走高跳。ディック・フォスベリーという選手が、金メダルを獲得しました。

当時の主流は、身体の前面を下にして跳ぶ「ベリーロール」という跳び方でした。

フォスベリーが編み出したのは、まったく逆。背中からバーを越える、新しい跳び方でした。

彼が大学でこの跳び方を試したとき、コーチたちの反応は冷ややかでした。奇妙な跳び方だと、使用を控えるように言われたこともあったそうです。

それでもフォスベリーは、自分の跳び方を信じ、磨き続けました。

そして本番。彼はオリンピック新記録となる2m24を跳び、金メダルを獲得します。

この跳び方は「フォスベリー・フロップ」と呼ばれ、今では走高跳の世界標準になっています。

かつて「邪道」と呼ばれていたものが、徹底的に分析され、正しいフォームとして更新される。

これが、スポーツの世界で、繰り返し起きてきたことです。


可能性を止めているのは、いつも自分の脳

基本的に、可能性というのは、「思い込み」で止まります。

「これは絶対に、こうだ」

そう決めつけた瞬間、可能性は消えます。

限界を作り、可能性を止めているのは、いつだって自分自身の脳と心です。ブレーキを踏んでいるのは、他の誰でもなく、自分なのです。

心理学者キャロル・ドゥエックは、能力は生まれつき固定されていると考える「硬直マインドセット」と、能力は努力によって伸ばせると考える「成長マインドセット」という、2つの考え方の違いを提唱しています。成長マインドセットを持つ人ほど、困難な課題に粘り強く取り組み、結果として、より高い成果を出す傾向があることが、複数の研究で示されています。

「自分の可能性はこれくらいだ」という決めつけは、まさに硬直マインドセットそのものです。


禅が説いていた、素直さの正体

実は、この「素直さ」については、もっと古い知恵があります。

禅僧の鈴木俊隆は、著書『禅マインド ビギナーズ・マインド』の中で、初心者の心について語っています。

初心者の心には、あらゆる可能性が満ちている。しかし、「自分は熟練した」と思い込んだ瞬間から、その初心を保つことが難しくなる、という趣旨のことを述べています。

熟練するほど、人は自分のやり方に固執します。新しいアドバイスを、「知っている」というフィルターで処理してしまう。

素直さとは、つまり、初心者の心を保ち続けることなのだと思います。

トップアスリートたちが、なぜあれほど素直にアドバイスを聞けるのか。

彼らは、経験を積みながらも、初心者の心を手放していないからだと、私は思います。


素直さを無視した選手の末路

指導の現場では、逆のパターンも、嫌というほど見てきました。

才能があるのに、誰の言うことも聞かない選手です。

「自分のやり方でいい」「今のままで結果が出ている」。そう言い張って、フォームの修正を拒み続ける。

最初のうちは、それでも結果が出ることがあります。生まれ持った身体能力で、押し切れてしまうからです。

しかし、頭打ちになるのは、時間の問題です。同じ動作の癖は、そのまま怪我のリスクとして蓄積していきます。伸びしろのある選手が、変わらない技術のまま、じわじわと周囲に追い抜かれていく。

一番もったいないのは、本人が「自分は素直じゃない」と、まったく気づいていないことです。むしろ「自分の意志を貫いている」と、誇らしげにすら思っている。

素直さを失うことの一番の怖さは、ここにあります。頑固さは、自分では「信念」に見えてしまうのです。

だからこそ、素直さというのは、意識して保ちにいく必要があります。放っておけば、経験や自信の積み重ねが、いつの間にか、頑固さにすり替わっていくからです。


じゃあ具体的に、何をすればいいのか

ここまでは、姿勢や心構えの話をしてきました。最後に、私自身が実践している、具体的な方法を紹介します。

身体そのものへの理解を深めること。

私はトレーナーとして、身体に関する知識を勉強し、実際に自分の身体で実験を重ねてきました。そうして得た知恵は、一度、抽象化して自分の中に落とし込んでしまえば、やったことのある競技かどうかに関係なく、どんなスポーツにも応用できます。関節可動域、力の伝え方、脱力の仕方、疲労の抜き方など。これらは、種目をまたいで通用する、汎用性の高い知識です。

読書をすること。

ビジネス書、古典、世界中で読み継がれている名著。現役の選手のうちから、こうした本に触れておくことをおすすめします。競技の世界だけを生きていると、視野はどうしても狭くなります。まったく違う分野の考え方に触れることで、可能性は、思わぬ方向に広がっていきます。

お金に余裕があるなら、海外への武者修行も、ひとつの手です。

まったく違う環境、まったく違う価値観の中に、あえて自分を置いてみる。その経験は、帰ってきたときに、必ず糧になります。

また、全く違う視点から気づきを与えてくれ、ブレイクスルーの可能性を高めてくれる意味でも、プロのコーチからコーチングを受けるのも一案だと思います。


この記事を読んだら、あなたもトップアスリートの仲間入り

とりあえずやってみる。

たったこれだけのことが、なぜこんなにも難しいのか。

理由は、確証バイアスという脳の仕組みと、熟練するほど失われていく初心という、人間に共通の性質にあります。

裏を返せば、これは誰にでも実践できる、ということです。

言われたことを、まずやってみる。合わなければ、やめればいい。

その素直さの積み重ねが、あなたの可能性を、少しずつ、しかし確実に広げていきます。


参考文献・データ出典

  • ジェフ・ベゾス「後悔最小化フレームワーク」に関する発言(2001年、Academy of Achievement インタビュー等で紹介)
  • Nickerson, R. S. (1998). Confirmation bias: A ubiquitous phenomenon in many guises. Review of General Psychology, 2(2), 175–220.
  • Dweck, C. S. (2006). Mindset: The New Psychology of Success. Random House.
  • 鈴木俊隆『禅マインド ビギナーズ・マインド』サンガ新書(原著 Zen Mind, Beginner’s Mind, 1970年刊)
  • ディック・フォスベリー選手、1968年メキシコシティオリンピック男子走高跳金メダル(2m24、五輪新記録)に関する報道・公式記録

この記事を書いた人

北原 良祐