「自信を持て」
そう言われて、自信を持てた試しがあるでしょうか。
私は、ありません。
自信というのは、言われて湧いてくるようなものではないのです。
今日は、この掴みどころのない「自信」というものの正体を、実体験と心理学の両方から、じっくり解剖していきたいと思います。
自信が必要になるのは、どんな場面か
自信とは何かを考える前に、自信が必要になる場面について考えてみます。
スポーツの公式試合。大会。資格試験。受験。テスト。商談。面接。訪問。告白。登壇。
共通しているのは、たったひとつです。
「これは外せない」という重み。
言い換えれば、人生を少し左右するかもしれない出来事。コンフォートゾーンから、少しはみ出す出来事。つまり、チャレンジです。
だから、「ダメだったらどうしよう」という自己防衛反応が現れます。言い訳も、山ほど浮かんできます。その自己防衛反応と戦うための力が、自信です。
そして厄介なことに、勝負が始まる前に、自信の量はもう決まっています。自信は、結果を左右する変数のひとつなのです。
ちなみに、年に何百回も登壇している講演家にとって、登壇はもう自信の問題ではありません。それは、もはやコンフォートな活動になっているからです。
自信の正体は、「本気で向き合った数と時間」
そもそも、どういう出来事が起これば、自信に変換されるのでしょうか。
人気YouTuberの宋世羅さんは、こう言っています。集中して物事や他人と向き合った数、だと。
近い考えです。ただ、私は少しだけ、言葉を足したい。
私の定義は、こうです。
本気で物事や他人と向き合った数と時間の総和。
「集中」と「本気」は、似ているようで違います。集中は、一瞬でも成立します。本気は、覚悟と継続の熱量を含んだ言葉です。単発の集中では積み上がらないものが、本気の積み重ねには宿ります。
自信は、右肩上がりにはつかない

自信は、y=ax のような、なだらかな直線では身につきません。
まったく変わらない時期が、平気で続きます。
本気で向き合った先に、あるとき結果が出る。そこで初めて1段、階段を上がるように、自信は積み上がります。
登山道に作られた、高さのバラバラな階段を思い浮かべてください。踊り場が長く続くこともあれば、一気に2段上がることもある。
もちろん、降りることもあります。告白の撃沈。プレゼンの大失敗。面接でのやらかし。そのたびに、階段を一段、二段と落ちる。
それでも、経験値だけは、必ずプラスになります。長期的に見れば、それすらも、自信の材料になっていきます。
自信は、カテゴリーごとに変わる
私は学生時代、ショートトラックスピードスケートを、それなりに本気でやっていました。
常に結果に追われる競技人生でした。西日本の大会で10位以内に入らなければ、全日本大会に出場できない。ほとんどの試合が、次の試合の選考会を兼ねている。長く競技をやるほど、その競技は自分のアイデンティティに深く根を張ります。感情の起伏も、当然激しくなります。
安牌で上位に食い込めても、それは自信ではなく、単発の安堵感に近いものでした。
ただし、国体(現・国民スポーツ大会)だけは違いました。
高校1年生で初入賞してから、他の試合に比べて、負ける気がしなくなったのです。
それはきっと、国体で結果を出すという、自分自身への覚悟があったからです。
私は昔から、割と冷静に自分を見ていました。ショートトラックだけでメシが食えるとは思っていなかったので、次のキャリアもある程度見据えていた。ただ、やりたいことなんて、当時の私にはまったくありませんでしたが。
国体への思い入れは、単純です。就職に有利だと思っていたからです。
全日本〇〇大会での入賞より、国体入賞のほうが世間に伝わる。国体と言えば、誰でも知っている。就活で会う人事の偉い人は、おそらく40代以上。そこで結果を出せば、評価も変わるはずだと、学生ながらに計算していました。
だから私にとって、国体だけは「絶対に負けられない大会」でした。その思い入れと本気度が、そのままあの舞台での自信になったのだと思います。
同じ競技でも、カテゴリーや思い入れによって結果は変わる。だから、自信のつき方も変わります。
さらに言えば、ショートトラックの中でも、1000mという距離には特に自信がありました。トレーニングのフォームや理解にも、自信がありました。相手の心理を読むことにも、自信がありました。
同じ競技でも、細分化すれば、自信には濃淡があります。もし自信が持てないなら、細かく分解してカテゴリーに分け、それぞれを10点満点で採点してみてください。
これは、感覚論だけの話ではありません。
心理学者アルバート・バンデューラは、「自己効力感」という概念を提唱しました。「自分はこれをうまくやれる」という主観的な確信のことです。
重要なのは、ここです。自己効力感は、人間全体を貫く一枚岩の性質ではありません。課題や領域ごとに、まったく別物として存在するのです。
つまり、「自信がある人」「ない人」と、人をふたつに分けること自体が、そもそも間違っています。自信は、常にカテゴリー別に宿るものなのです。
偶然のラッキーパンチは、真の自信にならない
受け身の努力や、たまたまの実績は、自分の力に変換できません。
そのパンチには、再現性がないからです。もう一度できそうだ、という気持ちには、絶対になれません。
バレーボールで言えば、たまたま強豪校にいて、本人は受け身のまま、たまたま春高に出場できたとします。この場合、「私は春高出場したから強い」という自信は、まず持てません。
あの指導者がいたから。あの環境だったから。自分でハンドルを握っていない以上、いくら運転を代わってもらっても、いざ自分の手で運転する番になったとき、うまく操縦できないのです。
自分でハンドルを握っている数と時間こそが、自信への影響が一番大きい。
これも、心理学の裏付けがあります。心理学者バーナード・ワイナーが提唱した「帰属理論」です。人は、成功や失敗の原因を、能力・努力・運・課題の難易度に結びつけて理解します。ワイナーは、その原因を「内的か外的か」「安定的か不安定か」「統制可能か不可能か」という3つの軸で整理しました。
同じ成功でも、「自分の努力のおかげだ」と捉える(内的・統制可能)のと、「運が良かっただけだ」と捉える(外的・統制不可能)のとでは、その後の自信への影響がまったく違います。
運による成功は、次への自信には、ほとんどつながりません。
受け身のラッキーパンチが、自信にならない理由は、まさにここにあります。
自信は、外側からも殴りつけてくる
ここまでは、自信を「内側の話」として語ってきました。自分との約束、本気度、向き合った数と時間、自分でハンドルを握る数。すべて、自分自身の話です。
バンデューラは、自己効力感が形づくられる情報源を、4つに整理しています。「直接的達成経験」「代理経験」「言語的説得」「生理的・情動的喚起」です。
ここまで語ってきた国体の話は、そのままひとつ目の直接的達成経験そのものです。自分の力でやり遂げたという実感。4つの中で、最も影響力が強いとされています。
2つ目、代理経験。これは、自分以外の誰かが達成する姿を見ることで、「自分にもできるかもしれない」と思える現象です。
1998年、伊東浩司選手が10秒00を記録しました。日本人選手にとって、100mの「10秒の壁」は、あと100分の1秒のところで、ずっと超えられない壁であり続けました。
そこから19年。2017年9月9日、日本インカレの男子100m決勝で、桐生祥秀選手が9秒98を記録します。日本人史上初の、9秒台でした。
面白いのは、ここからです。
その2年後の2019年、サニブラウン・アブデル・ハキーム選手が9秒97、小池祐貴選手が9秒98を記録。さらに2021年には、山縣亮太選手が9秒95を記録しました。
わずか数年のうちに、複数の日本人選手が、かつて「日本人には無理だ」とすら言われていた壁を、次々と突破していったのです。
選手たちの身体能力が、突然進化したわけではありません。ルールや道具が、劇的に変わったわけでもありません。
変わったのは、ただひとつ。「日本人にもできる」という証拠を、目の前で見たことです。
桐生選手が壁を破る姿を見た瞬間、他の選手たちの中にあった「無理だ」という思い込みが、静かに崩れ落ちたのです。これが、代理経験の力です。
3つ目と4つ目は、私が最近テレビで見た話から。
婚活のためのヘアメイク特集を、たまたま見ました。気になる男性に声をかけるため、大変身するという企画です。
ヘアメイクを終えた女性は、自分の変化に驚き、「自信が持てました」と表情も明るくなっていました。これまで交際経験のなかったその女性は、その自信を武器に、思い切って男性に声をかけました。
結果は、マッチングにはなりませんでした。でも、その経験は間違いなく、彼女の自信を高めたはずです。
これは、自分がどうこうした話ではありません。外側からのアプローチで、自信が一気に引き上げられた。いわば全速力でロイター板を使ったジャンプです。普通の階段の一段ではなく、モンスターボックス並みの高さです。
これが、生理的・情動的喚起。見た目や気分の変化が、内側の感覚を揺さぶる現象です。
そしてもうひとつ、言語的説得。信頼できる誰かから、直接働きかけてもらうことです。わかりやすい例が、コーチングです。
コーチングは、自分では想像もつかない気づきを与えてくれます。今まではひよってできなかったことが、一瞬でできるようになる。自分の思い込みを外され、まるで別人のようになる人もいます。スピリチュアルな話ではありません。本当の話だから、面白いのです。
もちろん、コーチの力量次第で、効果はまったく変わります。そこは、見極める力が問われます。
つまり、自信というのは、100%自分の力だけで積み上げるものでも、100%外部から与えられるものでもありません。
この4つの源泉が絡み合って、初めて、自信というものが形づくられていくのです。
自信の方程式
ここまでをまとめると、こんな式ができます。
(本気度 × 物事や他人と向き合った数)+(本気度 × 物事や他人と向き合った時間)+(自分のプラスの変化量)= 自信の根幹となるもの
やや強引ですが、こんな感じです。
経験でしか自信は得られない、というのも思い込みだった
結局、自信というのは、必要な場面で、必要なだけあれば十分です。
経験を積むことでしか自信は得られない。その考え方自体が、実はひとつの思い込みでした。
自分の力で積み上げる方法もある。他人や専門家の力を借りる方法もある。あるカテゴリーで納得できる自信に到達するまで、一瞬で済む人もいれば、何年もかかる人もいます。
腐らず、試し続ける。それだけです。
参考文献・データ出典
- Bandura, A. (1977). Self-efficacy: Toward a unifying theory of behavioral change. Psychological Review, 84(2), 191–215.
- Bandura, A. (1997). Self-Efficacy: The Exercise of Control. W. H. Freeman.
- Weiner, B., Frieze, I., Kukla, A., Reed, L., Rest, S., & Rosenbaum, R. M. (1971). Perceiving the Causes of Success and Failure. General Learning Press.
- Weiner, B. (1985). An attributional theory of achievement motivation and emotion. Psychological Review, 92(4), 548–573.
- 日本陸上競技連盟公式サイト「記録と数字からみた『9秒98』や『9秒台』についての超マニアックなお話」 https://www.jaaf.or.jp/news/article/11368/
- 桐生祥秀選手、日本人初の9秒台(2017年9月9日、日本インカレ男子100m決勝、9秒98)に関する報道・公式記録